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プロフィール

仏像彫刻工房「祥」

Author:仏像彫刻工房「祥」
Wood carving studio "SHO"

南都仏師・矢野公祥(やの こうしょう)

奈良・大阪・兵庫西宮において、仏像彫刻の指導、制作を行なっております。

工房や仏像彫刻教室、仏像ギャラリー、展示会などの情報を掲載しています。

Teaching and producing Buddha statue. Wood carving studio in Nara and Osaka, Japan

ホームページ
http://nanto-bussi.com/
ツイッター
https://twitter.com/naraButsuzo

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しめ縄と年末年始


年の瀬もせまる、大晦日。
矢野先生の仏像彫刻教室も、年越しの準備万端。

毎年手ずから制作されるという、しめ縄写真をいただきました。

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大きなしめ縄を4つ、小さいもの9個!

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さらには1メートルくらいの長いしめ縄。

毎年同じだけ作られているとのことです。

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仏さまも神さまも、教室の隅々まで行き渡りそう!

矢野先生の年末は、生徒のための木材の準備に掃除に、お墓参り。
大変お忙しいそうなので、今年は市販品にされるのか伺うと、

市販のものでは納得いかん!

と!

多忙な中、伝手で譲り受けた材料で、腕を振るわれるのだとか。
確かに、売り物とは違う、こだわりのデザインや味わい。

神さまをお迎えするにふさわしい堂々たるしめ飾りですね。

矢野先生の職人魂を感じるエピソードです。

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年が明ければ、神社仏閣参りで、またお忙しいという矢野先生。


一方、とある生徒は、初日の出は寝過ごし、散歩先で夕焼けをパチリ♪
静かなお正月を味わいました。

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今年の初詣は、お寺の除夜の鐘をつき、そのまま神社にご挨拶。

2018年は、奈良国立博物館の展示、「春日大社のすべて」を機に、神仏習合が公にされ、話題になった、記念すべき年でした。

春日有職檜物師職預である矢野公祥先生に学んでる縁で、展示会に足を運び、日本の元々の信仰の形を知ることができ。
お寺に次いで神社へお参りしながら、とてもしっくりと、充実した気持ちで新年を始めることができました。

仏さまに、八百万の神さま、本年もよろしくお願いいたします!

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年末は寒波に襲われるも、温かく穏やかなお正月。

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夕日に染まる桜の木。

もう蕾が膨らんでいます。

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奈良吉野・如意輪寺の後醍醐天皇像修復


平成最後の夏、矢野公祥先生が修復された仏像のお話を伺いました。

後醍醐天皇像の修復

奈良の工房からお山を2つ越え、向かった先は後醍醐天皇ゆかりの如意輪寺。
漆職人、指物師、仏師矢野先生など4人の職人チームが集合しました。

修復するのは、毎年9月にお輿でご本堂にお参りされる後醍醐天皇像。

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後醍醐天皇像の表面はバラバラに剥がれつつあり、お輿での移動に耐えられない傷み具合でした。
解体し各部を丁寧にメンテナンス。

数百年を経ると思われる像の内部に、銘などはありませんでした。

極端に短く不安定な刺し首。こんなんポロっと取れてまうで、と継ぎ足し。
仏像彫刻入門のテキストにある仏頭の刺し首の長さは絶対です、重要!

破損したお鼻や像の表面も木と漆で古さそのままの質感で修復。

これで何百年も大丈夫!

鞘のみで前からは刀が見えなかったので、柄も制作、刀を構える堂々たる風格が再現されました。

作業の期間は約1ヶ月程。


後醍醐天皇御忌

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暑さも和らいだ平成30年9月27日。

奈良吉野の如意輪寺にて後醍醐天皇命日の法要が行われ、矢野公祥先生も参列されました。

勅使4人に担がれたお輿に後醍醐天皇像が乗られ、本堂の如意輪堂にお参りされます。

近畿一円ににわか雨が降る中、幸運にもお天気に恵まれた吉野。

100人ほどが見守る中、お輿を担いだ一行が厳然と本殿に向かいます。

お輿の中は見えにくく、伝統に則り、頭を下げて敬意を表すため、像は見えずじまい。

修復を担当した仏師としては、ちょっと残念でしたが、
かつての天皇のお姿が丸見えでは畏れ多いですから当然です…


後醍醐天皇とは<1288~1339 鎌倉~南北朝時代>

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後醍醐天皇は、天皇の上に立って実権を握った院政を廃して天皇親政を実現し、
幾度の失敗や流刑を経て武士の世の象徴・鎌倉幕府をも倒した南北朝時代のキーパーソン。

南朝の正当性を説く『神皇正統記』を残しています。

後醍醐天皇の肖像画は、密教の袈裟や冠、法具を身に着け、歴代天皇の中では異色の姿。

没後数百年を経た、平成から新元号に変わろうという21世紀現在も、
その御陵を擁する如意輪寺では毎年命日に法要が営まれ、
後醍醐天皇自身の姿で本堂に向かう伝統が残ります。

政治の本来の在り方や民衆との繋がり、信仰への強い思いが伺えます。


奈良吉野・如意輪寺 後醍醐天皇御霊殿 特別公開
参考:冊子『祈りの回廊』2018年秋冬号、加島公信住職の特講より

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平成30年11月2日(金)~8日(日)に如意輪寺御霊殿の後醍醐天皇像が特別公開されます。

如意輪寺とは、創建は平安時代に遡る古寺。

本堂・如意輪堂の背後には後醍醐天皇の御陵・塔尾陵(とうのおのみささぎ)があります。
院政を廃して天皇親政を実現し、失敗や流刑を経て武士の世・鎌倉幕府を倒した南北朝時代のキーパーソン、
南朝・後醍醐天皇の勅願寺です

京都奪還を果たせず吉野で崩御された後醍醐天皇。
「玉骨はたとえ南山の苔に埋ずむるとも、魂魄は常に北闕の天を望まんとす」との意向により、
通常は南向きの御陵が、例外的に北を向いています。

北朝が正当とされた室町・江戸時代は細々と。
南朝正当論が発令された幕末からは、討伐を目指す志士たちの祈願の拠り所として。
昭和の戦前も、戦意鼓舞の象徴とされた如意輪寺。

南朝の評価によって時代に翻弄された如意輪寺は、南朝の歴史をそのまま伝えています。

如意輪寺
www.nyoirinji.com/


仏像と名将の遺品~源頼朝~


仏像には、歴史に残る名将の遺品が納入されていることがあります

運慶とその息子さん作、鎌倉時代の美しい聖観音菩薩像
この中には、源頼朝の髪と歯が納められていると記録されています
CTでの検査でも、口付近に針金が認められるそう

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こちらは、2017年秋、東京国立博物館の運慶展のパンフレット
初めてお寺からお出ましになった美しい彩色の観音さま、見上げるほどの大きさで、圧巻でした

仏師・運慶の目の前で歴史を平安から鎌倉に作り替えた源頼朝

八百年の昔、源平合戦で荒れ果てた奈良の復興の中心を担った運慶は、
どんな気持ちで、その遺品を手に取り、仏像に納めたのでしょう

    

余談ですが、パンフレットの仏像を写真に撮ろうとカメラを向けたら、
仏さまのお顔にフォーカスが当たり、自動認識で「赤ちゃん」と分析されました

仏像のお顔や手足は、ふっくらとした赤ちゃんをモデルにするとよろしいと、
仏像彫刻のテキストに、松久朋林先生の言葉があります

運慶の技術と、松久先生の教えを、カメラが裏付けてくれました!


『恋する仏像』、仏像彫刻をテーマにした漫画!


仏像彫刻が、最近の若者が読むという、漫画の題材に?!

『恋する仏像』 会田薫著、1・2巻完結
読んでみました

恋する仏像 会田薫

ジュンク堂の本棚の目立つところに2冊並んで置いてあり、作家さんや作品は有名なのでしょうか

自分とは何か、進路に悩む高校生たちと、若いテーマ!

奈良でよく見る場所が、背景に丁寧に描き込まれていて、わかるわかる~となったり、
奈良ならではの鹿さんの演出に、くすりとしてしまいました


大阪北部地震、工房は無事です


2018年6月18日の朝8時直前、大阪北部地震、震度6弱です。
地震の少ない関西で突然、かなりの揺れでした。
こ、怖かった。。。

奈良県生駒の仏像彫刻工房『祥』は、仏像の見本など小さな数点が少し乱れた程度、大事はありませんでした。

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震源地の高槻市付近の生徒さん宅などは、本棚や食器棚の扉のガラスが割れ、置いてあるものも10cm以上は飛び上がるような状況だったそうで、震度6の威力を感じます。
みなさん、阪神大震災の教訓で、家具を固定していたこともあり、お怪我がなくて何よりでした。

大きな余震もなく経過していますが、片付けや安全をより見直して過ごされているそうです。

家具の固定や、物の置き方、避難路に避難場所、いざという時の連絡手段、防災用品。
熊本の知り合いから、アドバイスの連絡をもらったり。

いろいろなことを、改めて確認した機会になりました。